東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1828号 判決 1967年3月20日
控訴人(被告) 杉本保 外二名
被控訴人(原告) 国鉄労働組合
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人等の連帯負担とする。
事実
控訴人等訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人等は控訴棄却の判決及び当審における予備的請求として、「控訴人等は各自被控訴人に対し、金四十九万二千二百三十円及びこれに対する昭和三五年七月一一日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審を通じ控訴人等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の、主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり付加、訂正するほかは原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。
(被控訴人の主張)
被控訴代理人は次の通り述べた。
「第一 不法行為に基づく主たる請求について
イ 控訴人等は被控訴人組合の機関の一員としてその履行補助者の地位に立つものであつて、取引の相手方の如く、被控訴人組合と相対立する独立の当事者の地位にあるものではない。従つて控訴人等が被控訴人組合の指示により各分会員から被控訴人組合のために組合費を徴収し保管していた者である以上、前記独立の地位を有する当事者が金銭の交付を受けた場合と異り、控訴人等は組合費として徴収された金銭について、分会交付金を含めたその全部に対し、被控訴人組合の機関としての従たる占有を有するのみであつて、独立の占有も所有権も取得することはない。そうして、その占有及び所有権は、控訴人等において各分会員から当該金銭を受領した時直ちに被控訴人組合に帰属するのであり、あるいは少くとも被控訴人組合はこれと同時に右金銭を自らのために利用する権利ないし利益を取得するのである。また組合費の徴収及び送付を分会役員に指示した被控訴人組合の指示の趣旨は、分会役員にその徴収した金銭を自由に費消することを許容し、ただ後日等価値のものを返還すればよいというものではもちろんなく、単に被控訴人組合の窓口業務を命ずることにより、かつそもそも分会は被控訴人組合においては財産主体たり得ないとされているのである。
ロ ところで控訴人等は各分会員から組合費として徴収した金銭を直ちに地方本部へ納入すべき義務があるにも拘らず、原判決事実摘示のとおり昭和三四年一一月から翌三五年三月にかけて各月毎に五回にわたり、合計金四十九万三千九百三十円を訴外株式会社大和銀行に対し控訴人杉本保名義で普通預金として預け入れた。右は全く無権限でなされた違法な行為というべきである。もつともその当時においては控訴人等は右預金を勝手に配分してしまう確定的意図は有していなかつたかもしれないが、少くとも直ちに地方本部へ納入しようという意図はなく、後日あるいはそのまま納入せず配分してしまうかも知れないとの予見に基づき預金したものであつて、いわば未必の故意を以てなされたものというべきであり、現に昭和三五年四月二一日に至り右金銭のうち金千七百円を除いて残額全部を勝手に配分費消してしまつたのである。以上要するに被控訴人組合の占有し所有する金銭を、組合の機関である控訴人等において前記納入義務に違反して、しかも個人名義で銀行預金として預け入れることが許されないことは当然であり、右は被控訴人組合に対する不法行為というべきである。右預入後に配分費消についての確定的意思が生じ、預金の払戻及び配分費消が行われたとしても、それは損害額が確定したにとどまり、前記預入自体が不法行為であることを否定するものではない。
ハ 仮りに控訴人等において徴収した組合費を後日必ず被控訴人組合に納入するつもりで預金として保管していたとするならば、前記預入行為はその段階では別段違法性を生じないであろう。しかしその後右預金から払い戻された金銭については、被控訴人組合の占有ないし所有権は失われていないのであつて、控訴人等において共謀の上これを勝手に組合員に配分費消したことにより、被控訴人組合は右金銭の占有及び所有権を失い、損害を蒙つたのである。仮りにそうでないとしても、前記預金が被控訴人組合のためになされている以上、被控訴人組合はその預金を自己のために利用し得る利益ないし地位を有する。すなわち前記預金債権は銀行との関係においては控訴人杉本個人の債権であろうが、同控訴人等が完全に被控訴人組合のために預金していたとするならば、被控訴人組合と杉本との関係においては、被控訴人組合はいつでも機関たる控訴人杉本をしてその預金を払い戻さしめ、これを自己のために利用し得る地位にある。そうして控訴人等は被控訴人組合の有する右利用権ないし利用し得る地位を、自己のためにする目的で預金を払い戻し費消することによって違法に侵害したものである。元来不法行為についての民法第七〇九条にいわゆる「他人ノ権利ノ侵害」とは、「権利ないし法律上保護さるべき利益の侵害」の意味であつて、法律上保護さるべき利益を違法に侵害すれば不法行為責任が生ずるものであり、法文にいわゆる「権利侵害」とは「違法性」の代表的なものを表わしたに過ぎない。右のような観点に立つて考えれば、控訴人等の前記行為は、金銭の占有ないし所有権又は預金債権が何人に帰属するかに拘らず、不法行為を構成するものと解すべきである。
第二 準委任契約ないし不法行為に基づく予備的請求の請求原因
ニ 被控訴人組合は個人加入による単一労働組合であり、国鉄職員で被控訴人組合に加入しようとする者は被控訴人組合宛加入届を提出し、組合員名簿に登録される(被控訴人組合規約第五条)。この際組合員は少くとも組合規約を承認し、組合の決定に服する旨の包括的合意をしたものと看做される。そうしてその後下部機関たる地方本部、支部、分会に編入されるのであるが、これはその組合員の職場によりこれに対応して予め設置された地方本部等の下部機関に編入されるのであり、その後職場が変れば自動的に所属下部機関も変るのであつて、その場合当該下部機関に対し改めて脱退加入の手続などをとることを要しないのである。本件において控訴人等の所属する天王寺保線区分会の規約にも加入脱退に関する規定はなく、同分会は右規約第二条により天王寺保線区内の被控訴人組合員によつて組織されることと定められている。
次に分会は被控訴人組合規約第七条に基づき、地方本部の定める設置要綱によつておかれるものであつて、分会員の自由意思によつて被控訴人組合と別個に結成されるものではない。そうして分会はそれ自体としては法人格を有せず、従つて独立の財産も有しないのであつて、被控訴人組合と別個の機関ではなく、被控訴人組合の外にある第三者的機構ではもちろんない。被控訴人組合は全体であり、分会はそれに包摂される一部なのであつて、このことは分会が使用者に対して労働組合としての基本権を行使し得るか否かの問題とは全く無関係である。分会には分会大会、分会委員会、分会執行委員会などの機関があるけれども、それは組合活動はなるべく構成員の積極的意思に基づいて行われるのが好ましいとの立場から、分会固有の問題については、中央本部すなわち被控訴人組合全体の意思に反しない限度で自治を認める趣旨である。分会役員等を分会員の選挙により選出しているのも、単に選任方法の問題であつて分会を独自の機構として認めているからではない。分会は決議の執行機関であつて決議機関ではない(南近畿地方本部規約第六条)。
以上に述べたところから明らかなごとく、分会員は分会員たる以前に被控訴人組合の組合員なのであり、被控訴人組合に対して各自直接に権利義務を負つているのである(被控訴人組合規約第二四条)。そうして労働組合の本質的機能からいつて当然のことであるが、その組織には高度の統一性と団結性を持つことが、要請されるのであつて、被控訴人組合規約第二四条第三号も組合員が組合機関の決定に服すべきことを定めている。
控訴人等は被控訴人が既に主張したごとく、いずれも被控訴人組合の組合員であつた者で、昭和三四年七月以降被控訴人組合南近畿地方本部天王寺保線区分会の役員に選出され、いずれもその当時就任を承諾したものである。従つて控訴人等は被控訴人組合に所属し、その下部機関たる分会の役員の地位にある者として、被控訴人組合との間に準委任の契約関係が存在し、被控訴人組合の指令ないし指示に従い、その業務を忠実に履行しなければならない組合規約上の義務さらに基本的にはおよそ労働組合の組合員として、社会通念上一般的に認められる義務を負つているのである。
ホ そうして被控訴人組合は昭和三二年一〇月から組合員より直接組合費を徴収することとし、中央執行委員長は中央委員会及び中央執行委員会の決定に基づき、各地方本部執行委員長に対し指令第一〇号を以て直接徴収方を指令し、これを受けて南近畿地方本部執行委員長は、指示第九号を以て各分会長に対し、分会役員が毎月各組合員から直接組合費を徴収し、これを当月末日までに地方本部に納入すべきことを命じたのである。右南近畿地方本部執行委員長の発した指示第九号は各分会長宛となつてはいるが、その趣旨は分会執行委員長のみではなく分会の執行機関すなわち現実にはその構成員である分会役員全員に対し、分会員から組合費を集金すべきことを指示し委任しているのである。このことは中央執行委員長の発した前記指令第一〇号についても同様であつて、結局右指令及び指示は分会役員全員が被控訴人組合に対し連帯して分会員からの組合費の徴収及び被控訴人組合への納入義務を負うべきものとする趣旨である。従つて天王寺保線区分会の役員である控訴人等が昭和三四年一一月から翌三五年三月までの組合費として各分会員から徴収した金員のうち、分会交付金相当分を除いた金四十九万二千二百三十円を納付期日を過ぎても被控訴人組合に納付しないのは、右準委任契約上の職務に違背するものというべきである。よつて被控訴人は控訴人等に対し右準委任契約に基づく債務の履行として、控訴人等において各分会員から徴収した組合費金四十九万二千二百三十円及びこれに対する最終の支払期限後である昭和三五年七月一一日以降支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うべきことを求める。
ヘ もし仮りに前記準委任契約に基づく組合費の徴収、保管及び納付の義務を負う者が、天王寺保線区分会の執行委員長であつた控訴人杉本のみに限定されるとするならば、控訴人庄路、同石倉はいずれも同分会の執行副委員長及び書記長として、執行委員長に協力して前記義務の履行を容易ならしむべき立場にあつたにも拘らず、却つて控訴人杉本と共謀して規約に違反し、右執行委員長が保管し被控訴人組合南近畿地方本部に納付すべき金銭を分会員等に配分返戻してしまう旨の違法な分会執行委員会の決議に参加して、これを成立せしめた上実行に移し、以て控訴人杉本の被控訴人組合に対する組合費納入債務の履行を違法に妨害し、被控訴人組合の右債権を侵害した。なお控訴人杉本は国鉱職員であつて月に金三万円内外の月給によつて生活を営んでおり、他に資産を有していない。控訴人庄路、同石倉の右行為は被控訴人組合に対する共同不法行為であり、右両名は控訴人杉本の前記債務を同人と連帯して弁済すべき責任あるものというべきである。
第三 原判決事実摘示控訴人等主張の答弁四(原判決原本七枚目表一一行目から同裏四行目まで)に対する主張
前述のとおり控訴人等は被控訴人組合の組合員であり、その下部機関たる分会の役員の地位にあつた者であるから、その間被控訴人組合全体の利益のためにその指令ないし指示に従い忠実に業務を行うべきものであるが、組合費の徴収に関して前記のとおり被控訴人組合中央執行委員長の指令に基づき地方本部の執行委員長によつて発せられた指示は、被控訴人組合全体を代表するのであつて控訴人等を直接拘束し、控訴人等は直接組合全体に対し右指示を忠実に履行すべき責任を負つているのである。従つて仮りに分会大会又は分会委員会において右指示に反する決議がなされたとしても、その決議は被控訴人組合規約第七条、第二四条第三号に違反するのみならず、天王寺保線区分会規約第四条、第三条に違反するから無効であり、右決議が存在することを以て控訴人等の本部指示違反の免責理由とすることは正当でない。」
(控訴人等の主張)
控訴代理人は次の通り述べた。
「天王寺保線区分会の各分会員から集金しかつ保管していた本件金員は、控訴人杉本がその責任において集金及び保管をなしたのであつて、控訴人庄路、同石倉等は一部その取次をしたことはあつても、これを保管ないし納入するについての責任は負つていない。
仮りに控訴人等において被控訴人組合から組合費集金についての委任を受けており、その徴収、納入をなすべき義務を負つていたとしても、右義務は天王寺保線区分会の執行委員たる地位と不可分のものである。ところで同分会は昭和三四年一二月一一日の分会委員会において、条件附で組合費納入を保留する決議をなし、これを被控訴人組合に通告したので、これにより控訴人等の組合費の集金をなすべき義務も消滅した。
また仮りに控訴人等が組合費の集金を怠つていたとしても、組合費の徴収は本来裁判によつてこれを強制することができない性質のものであるから、被控訴人組合としてはこれを違法として損害賠償の請求をすることは許されないというべきである。
控訴人杉本が国鉄の職員としての俸給により、生計を維持しており、他に特別多額の資産を有していないことは認める。
原判決事実摘示における控訴人等の答弁の記載中四の一行目(原判決原本七枚目表一一行目)以下に、「同時に原告組合の財産に帰属する」とあるのを削除する。」
(誤記の訂正)
原判決事実摘示における記載中被控訴人主張の請求原因事実一の三行目(原判決原本二枚目表八行目)「日本国有鉄道天主寺管理局」とあるのは「日本国有鉄道天王寺管理局」の、同じく一の七行目(同原本二枚目裏一行目)に「(分会副執行委員長)」とあるのは「(分会執行副委員長)」の、同じく五の九行目以下(同原本三枚目裏一〇行目以下)に「分会員谷田実」とあるのは「分会員谷口実」の、同じく控訴人等の答弁三の一行目以下(同原本六枚目裏三行目以下)に「分会役員から」とあるのは「分会員から」の各誤記と認め、訂正する。
(証拠関係省略)
理由
まず被控訴人主張の不法行為に基づく主たる請求について判断するのに、
一、被控訴人組合が公共企業体等労働関係法第四条に基づき日本国有鉄道職員によつて結成された単一労働組合であり、控訴人等がいずれも日本国有鉄道天王寺管理局天王寺保線区に勤務する職員であつて、もと被控訴人組合の組合員であり、同組合南近畿地方本部天王寺保線区分会に所属していたものであることは当事者間に争がなく、昭和三四年七月以降控訴人杉本が右分会の分会長(分会執行委員長)、控訴人庄路が同分会副分会長(分会執行副委員長)、控訴人石倉が同分会書記長会計部長の地位にあり、控訴人杉本が同分会所属の被控訴人組合員(当時三〇八名)から組合費を徴収し、これから分会交付金を差し引いた金額を被控訴人組合南近畿地方本部へ納入していたこと、及び同控訴人が各分会員から昭和三四年一一月から翌三五年三月までの組合費相当の金額総計金五十五万五千五百三十円を徴収し、分会交付金相当額金六万一千六百円を差し引いた残額金四十九万三千九百三十円を保管していたところ、その後右保管中の金員のうち金四十九万二千二百三十円を各分会員に返還したこと(控訴人杉本が単独でこれをなしたのか、あるいは他の控訴人両名と共同でなしたのかは別として)もまた当事者間に争がない。
二、そうしていずれも成立に争のない甲第六号証の一、二、同第一〇、第一一号証、同第一三号証の一ないし四、同第一五号証の一ないし七、乙第一、第二号証、同第五号証、原審証人出口昇及び当審証人坂口正義の各証言により成立を認める甲第四号証、右証人出口昇の証言により成立を認める甲第五号証の一、二、弁論の全趣旨により成立を認める甲第七号証の一、原審証人野々山一三の証言により成立を認める甲第九号証の一、二、原審における控訴人杉本保、同石倉正人の各本人訊問の結果により成立を認める乙第四号証、右控訴人杉本の本人訊問の結果及び弁論の全趣旨により成立を認める乙第三号証並びに原審証人野々山一三、同出口昇、同辻井照隆、同西孝雄、当審証人坂口正義の各証言、原審及び当審における控訴人杉本保、原審におけける控訴人石倉正人の各本人訊問の結果(但しいずれも後記採用しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、前記各分会員からの金員の徴収保管及びその後における右金員の返還に至る経過は次のとおりであることが認められる。
「被控訴人組合は昭和三六年当時において三十数万名の組合員を擁していたのであるが、その組合費の徴収については従前日本国有鉄道との間に締結されていた「賃金控除の基準に関する協約」に基づき、いわゆるチエツクオフの方法によつてこれを徴収していた。ところが昭和三二年八月一九日日本国有鉄道総裁より被控訴人組合に対し、有効期間満了を理由として同年九月末日限り右協約を廃止する旨の申入がなされたため、同年一〇月一日以降はチエツクオフの方法によることができないこととなつた。それで被控訴人組合は、同年九月一七日中央執行委員長名の各地方本部執行委員長及び地評々議会議長宛の指令第一〇号を以て、今後は各組合員から直接組合費を徴収することとし、かつこれについては各地方本部管内は統一した徴集方法をとるべき旨及び徴収した組合費を被控訴人組合に納入する際の送金方法についての指令をした。そうして右指令に基づき、控訴人等が属していた天王寺保線区分会の所属する被控訴人組合南近畿地方本部は、同年一〇月七日地方執行委員長名の各支部議長、分会長宛の指示第九号を以て、同地方本部管内の組合費徴集方法として、地方本部より送付する「組合費請求兼領収証」を分会長名を以て発行し、毎月二三日に分会役員が各組合員から徴収すべき旨及び徴収した金員は当月末日までに鉄道便貴重品扱いで同地方本部会計部長宛送金し、その際「組合費一括控除通知証」を同封すべき旨指示した。そうしてその後天王寺保線区分会においては右指示に従い、分会長名を以て前記「組合費請求兼領収証」を発行し、毎月各班の会計担当者がその班所属の組合員から組合費を徴収したうえ、書記長がこれを一括して分会交付金を控除し、分会長の押印のある前記「組合費一括控除通知証」を添付して地方本部会計部長宛送金していた。ところがその後天王寺保線区分会の内部に被控訴人組合の運動方針等に対して一部意見の相違が生じたことから、分会役員の幹部である控訴人等は昭和三四年一二月一一日同分会の第二回分会委員会において、南近畿地方本部に対し五項目の申入を行うとともに右申入に対し満足な回答を得られるまで組合費の納入を保留すべき旨を提案主張し、右の結果その旨の決議がなされ、同日付で分会長名を以て地方本部執行委員長宛にその旨の申入がなされた。そうしてその後同年一一月分以降の組合費についても従前と同一の方法により各分会員から徴収されていたが、これを地方本部宛送金せず分会交付金を差し引いた金額を毎月控訴人杉本個人名義で訴外株式会社大和銀行阿倍野支店へ預金し、翌三五年三月分までの右預金額が前記のとおり金四十九万三千九百三十円となつた。
その後、天王寺保線区分会と南近畿地方本部の各執行部との間で話合がなされ、昭和三五年二月二九日と三月一日の二日間和歌山市において同地方本部の臨時地方大会が開催されたが、やはり前記対立紛争を解決するには至らなかつた。そうして同年三月中頃には控訴人等を中心として被控訴人組合を脱退せんとする動きが出て来たので、南近畿地方本部は同年四月一九日同地方本部会計監査員小西繁美をして天王寺保線区分会の会計監査をなさしめたところ、前述のとおり昭和三四年一一月分から翌三五年三月分までの組合費が各組合員から徴収されそのうち分会交付金を控除した金額が前記預金として保管されている事実を知つた。そこで同地方本部執行委員長名を以て分会長である控訴人杉本に対し、右金員を地方本部に納入すべき旨督促した。ところが控訴人等は互いに意思を通じたうえ、会計監査の行われた昭和三五年四月一九日第一五回分会執行委員会を開催し、前記預金を払い戻して翌二〇日より各組員に返戻すべきこと、但し組合費として本部に納入しようとする者についてはその世話をすることを提案主張し、全員一致を以てその旨決議したうえ、控訴人杉本において翌二〇日右預金の払戻を受けるとともにその頃右払戻金から金千七百円を控除した残額金四十九万二千二百三十円を各分会員に返還した。被控訴人組合は翌二一日控訴人杉本を債務者、株式会社大和銀行を第三債務者として大阪地方裁判所に対し、右預金債権の仮差押命令を申請したが、その時は前述のとおり既に払戻がなされた後であつたのでその目的を達することができなかつた。その後同三五年五月一九日控訴人等は分会大会を開催し、分会員が被控訴人組合から脱退して新組合を結成すべき旨及び従来の積立金を各分会員へ返還すべき旨主張してその旨決議せしめ、大半の分会員とともに被控訴人組合を脱退するに至つた。」
控訴人等はこの点に関し分会員から徴収した前記金員は組合費として徴収したものではなく、将来同分会の要求が容れられた場合組合費に充てる趣旨の積立金として徴収したものである旨主張し、甲第七号証の二、乙第三、第四号証、同第六号証の一、二の各記載並びに原審及び当審における控訴人杉本保、原審における控訴人石倉正人の各本人訊問の結果中には一部これに副う趣旨の部分があるけれども、右は前記認定に供した各証拠に対比するときは、いずれも採用するに足らず、他に前記認定を左右するような証拠は存在しない。なお各分会員からの組合費の徴収、保管について被控訴人組合に対し責任を負うべきものが分会執行委員長である控訴人杉本であり、従つて前記組合費の徴収、保管及び返還は控訴人杉本が自己の責任においてなしたのであつて、その余の控訴人両名は控訴人杉本を補助する立場にあつたものに過ぎないと解すべきことは後記認定のとおりである。
三、そこで次に、控訴人杉本において各分会員から組合費として徴収した前記金員が何人に帰属するものであるかとの点について考えるのに、控訴人等は分会役員である控訴人等としては、分会員のために組合費徴収事務をしていたのであつて、被控訴人組合のためにしていたのではないから、控訴人杉本が分会員から組合費を徴収した段階においては右金員は未だ被控訴人組合に帰属するものとは言えない旨主張する。ところでいずれも成立に争のない甲第一号証の一、二、同第二号証並びに原審証人野々山一三、同出口昇の各証言によれば、被控訴人組合の組織は次のとおりであると認められる。すなわち被控訴人組合は日本国有鉄道職員のうち被控訴人組合に届け出てその組合員名簿に登録された者を以て組織されるのであり(被控訴人組合規約第五条)、その機関としては最高決議機関である「大会」大会につぐ決議機関である「中央委員会」並びに大会、中央委員会の決議の執行及び緊急事項の処理をその機能とする「中央執行委員会」がある(同規約第一二条、第一五条、第一七条及び第一九条)。そうして被控訴人組合には各地方鉄道管理局相当地域ごとに、その地方における主たる行動と団体交渉の単位とされ、決議執行の機関とされる地方本部が設けられ(同規約第六条)、その機関としてはそれぞれ組合の前記各機関に対応する地方大会、地方委員会、地方執行委員会がある(同規約第一三条、被控訴人組合南近畿地方本部規約第一〇条、第一三条、第一五条及び第一七条)。そうして右南近畿地方本部規約によれば、地方本部の目的及び事業は、被控訴人組合規約に定めるところによるのであり(同規約第二条)、また地方本部の組合員及び組合の活動は本部規約その他に定めるものを除く外同規約によることと定められている(同規約第三条)。そうして地方本部には支部、分会が置かれ、その設置要綱は地方本部で定めることとされており(被控訴人組合規約第七条)、南近畿地方本部規約によれば支部はその地域内各分会相互間の連絡協議機関であり、分会は本局、駅連区、単独区を単位として設けられる決議執行機関であつて(同地方本部規約第五条、第六条)、分会には組合、地方本部の前記各機関に対応する分会大会、分会委員会及び分会執行委員会が置かれている(同地方本部規約第一一条、天王寺保線区分会規約第五条、第六条、第八条及び第九条)。そうして支部、分会は右地方本部規約に準じ自主的に規約を設け、地方本部に届け出なければならないとされているところ(右地方本部規約第四〇条)、天王寺保線区分会規約によれば、同分会は天王寺保線区内の被控訴人組合組合員によつて組織されるものであり(同分会規約第二条)、分会の目的及び事業は、本部規約に定めるところにより(同分会規約第四条)、また分会の活動は本部規約その他に定めるものを除く外同分会規約によることとされている(同分会規約第三条)。なおその外支部、分会の他団体への加入又は脱退は地方本部へ報告しなければならないことと定められている(同地方本部規約第三五条)。以上の事実を認めることができ、他にこの認定に反する証拠は存在しない。
以上認定の事実によつて考えれば、被控訴人組合における地方本部、分会等の組織の本質及び性格は次のとおりであると解せられる。すなわち被控訴人組合は前記のとおり単一組織体の労働組合であるが、全国的な規模を有しその組合員も前記認定のとおり昭和三六年当時において三十数万名にものぼつていたから、組合本部が直接各組合員を把握し内部的統制を保つことは事実上困難とならざるを得ない。そこで被控訴人組合としては地方本部、支部及び分会等の下部組織を設け、末端各組合員を順次これらの下部組織を通じて把握し、組合活動及び内部的統制を円滑かつ実効的たらしめんとしているのである。従つて地方本部、分会等が被控訴人組合の下部組織としての性格上、いずれもその上級機関の統制に服すべきことは当然である。もちろん地方本部、分会等にも前述のとおり意思決定機関が設けられており、上級機関の指令、指示を実行するに際しての具体的方法の決定あるいは当該地方本部ないし分会のみに関する問題については自治権限が認められているのであるけれども、これは組合活動に可及的に末端各組合員の意思を反映させることが望ましいとの考えに基づくものであつて、右の自治も被控訴人組合全体の意思、具体的に言えば組合規約あるいは上級機関の決議ないし指令、指示等に違背しない限度で認められるに過ぎない。
以上のような分会の本質、性格並びに前記認定にかかる被控訴人組合及び南近畿地方本部の指令及び指示により、各分会において分会員から組合費の徴収をなすに至つた経過等を考慮し、さらに右認定に供した各証拠により組合費が被控訴人組合の存立の経済的基礎をなすものであり、これが確実に徴収されないことはひいては被控訴人組合の存立自体にも大きな影響を及ぼすものであること、従つて被控訴人組合としても各分会における組合費の徴収については重大な関心を有していたのであり、それ故被控訴人組合規約第二四条第四号が組合費の納入が組合員の義務であることを特に明文を以て規定していること等の事実が認められることを併せ考えれば、前記指令及び指示の趣旨は単に分会執行委員長に対し各分会員の便宜を考え組合費の徴収を単に勧告ないし要請するにとどまるものではなく、被控訴人組合の下部組織たる分会を代表する役員である分会執行委員長に対して、各分会員から組合費を徴収すべきことを義務づける趣旨であると解するのを相当とする。原審証人辻井照隆、同西孝雄の各証言、原審における控訴人杉本保、同石倉正人の訊問の結果中右認定に反する部分は採用せず、他にこの認定を左右する証拠は存在しない。従つて以上の事実によれば、控訴人杉本において前記のとおり天王寺保線区分会の各分会員から組合費を徴収したのは、被控訴人組合の機関としてしたものであると解すべきであるから、この場合徴収と同時に組合費としての弁済の効果が生じ、徴収された組合費は分会交付金相当分をも含めて直ちに被控訴人組合に帰属するに至るものと解するのを相当する。
四、次に控訴人杉本が天王寺保線区分会の分会員から徴収した昭和三四年一一月から翌三五年三月までの組合費合計金五十五万五千百三十円のうち分会交付金相当額金六万一千六百円を差し引いた残額金四十九万三千九百三十円を控訴人杉本名義で株式会社大和銀行阿倍野支店へ預金したことは前記のとおりであるところ、控訴人杉本は、前記認定のとおり被控訴人組合の下部組織たる分会を代表する役員の組合に対する義務として、分会員からの組合費徴収の事務をなしていたのであるから、前記指令ないし指示に従い各月末日までにその月に徴収された組合費を南近畿地方本部会計部長宛送金すべき義務を負担していたのであり、従つて前記預入行為は右義務に違背してなされたものというべきである。しかしながら右各預入の当時控訴人杉本等において、将来右預金の払戻を受けた際これを被控訴人組合に納入せず、擅に配分してしまおうとする確定的ないし未必的な意図を有していたことを認めるに足りる証拠は存在しない。従つて右預入行為によつて控訴人杉本が被控訴人組合に対する後記関係において債務不履行の責任を問われることのあるのは格別、右預入行為自体によつて不法行為が成立するものと解することはできない。
五、次に控訴人杉本において、天王寺保線区分会が南近畿地方本部から会計監査を受けた後である昭和三五年四月二〇日前記預金の払戻を受けたうえ、その頃内金四十九万二千二百三十円を各分会員に返還したこともまた前述のとおりである。そこで控訴人杉本の右行為が不法行為を構成するか否かについて判断する。
まず控訴人杉本の右行為が被控訴人組合に対する債務不履行となることは、以下に述べるところから明らかである。すなわち控訴人杉本が昭和三四年七月以降天王寺保線区分会の分会長(分会執行委員長)の地位にあつたことは前述のとおりであり、成立に争のない甲第二号証によれば、天王寺保線区分会規約第一五条は、分会執行委員長、分会執行副委員長及び書記長は分会大会において選出すべき旨を定めていることが認められるから、控訴人杉本は前記日時頃右手続により分会執行委員長の地位に就くべき者として選出され、その頃就任を承諾して右地位に就いたものと推認される。そうして一般に被控訴人組合の如き労働組合にあつては、組合員は本質的に組合内部の統制に服すべきものであり、組合の権限ある機関によつて決定された事項については原則的に服従しなければならない義務を負うものであることは当然であつて、成立に争のない甲第一号証の一によれば、被控訴人組合規約もその第二四条第三号において、組合員は組合機関の決定に服すべき義務あることを規定している。従つて控訴人杉本においても、被控訴人組合の組合員として右に述べたような義務を負つていた訳であるが、さらに同人は前項のとおりの性格、組織を有する被控訴人組合天王寺保線区分会の分会執行委員長の地位にある者として、被控訴人組合との間に委任ないし準委任の関係が存在するものであり、被控訴人組合ないし地方本部等の規約ないし権限ある機関のなした決議あるいは指令、指示等に従い、誠実にその義務を行うべき債務を負つているのである。控訴人等は、分会がそれ自体自治権を有する組織体で独自の立場で部分意思決定権を有するのであるから、分会役員は分会に対しては事務執行についての責任を負うが、被控訴人組合ないし地方本部に対してはこれを負わない旨主張するけれども、右見解は前項において判示した労働組合としての被控訴人組合の本質及びその下部組織としての分会の性格、本質に照らして考えるときは、採用するに値しない。
次に被控訴人組合及び地方本部から分会に対し、組合費の徴収に関して前記指令ないし指示がなされたことは前判示のとおりであるけれども、右指令ないし指示に基づいてなすべき各分会員からの組合費の徴収について、何人が被控訴人組合に対して責任を負うべきものかとの点について考えるのに、成立に争のない甲第二号証によれば、天王寺保線区分会規約第一四条は分会執行委員長は分会を代表する旨及び分会執行副委員長は分会執行委員長をたすけ又は代理し、書記長は分会執行委員長をたすけ業務を掌る旨を定めている。すなわち分会執行委員長は外部に対して分会を代表する地位にあるものであり、分会執行副委員長及び書記長は分会執行委員長の補佐ないし代理機関としての性格を有するのである。そうして前記組合費の徴収に関する被控訴人組合の指令が各地方本部執行委員長及び地評々議会議長宛に、南近畿地方本部の指示が各支部議長、分会長宛になされたものであることは前述のとおりであり、右指示によれば「組合費請求兼領収証」を分会長名義を以て発行すべきこととされているし、またその後天王寺保線区分会においては、徴収した組合費を地方本部に送金する際分会執行委員長の押印のある「組合費一括控除通知証」を添付していたこと及び控訴人等が徴収した組合費の被控訴人組合への納入を保留した際にも、分会執行委員長である控訴人杉本名義の銀行預金としてこれを保管したこともまた前記認定のとおりである。以上の事実に基づいて考えれば、組合費の徴収、保管及びその被控訴人組合への納入について、被控訴人組合に対して直接責任を負うべき者は分会執行委員長であると認めるのが相当であつて、その他の分会役員は右事務につき分会執行委員長を補佐し協力すべき立場にあるにとどまり、分会の外部に対する関係において直接その点についての責任を負うべき地位にあつたものではないと解するのが妥当である。原審証人野々山一三、同西孝雄、同辻井照隆、当審証人坂口正義の各証言中右認定に反する部分は採用せず、他にこの認定を左右するような証拠は存在しない。
従つて、被控訴人組合及びその南近畿地方本部より、組合費の徴収及び納入を命ずる前記のような内容の指令ないし指示を受けた控訴人杉本としては、右指令ないし指示の命ずるところに従い、誠実に組合費の徴収、保管及び納入をなすべき前記委任ないし準委任関係上の債務を被控訴人組合に負つていたのである。それにも拘らず控訴人杉本は各分会員から徴収した前記組合費の殆どを、南近畿地方本部へ納入すべき旨の督促を受けながら、敢えて各分会員に返還してしまつたのであるから、控訴人杉本の右行為は被控訴人組合に対する右委任ないし準委任関係上の債務不履行を構成することは明らかである。
そうしてさらに本件事案における控訴人杉本の右行為は、単に債務不履行たるにとどまらず、同時に被控訴人組合に対する不法行為をも構成すると解するのが相当である。すなわち控訴人杉本の右行為は、被控訴人組合との前記委任ないし準委任契約の履行に関し通常予想されるような事態ではなく、契約本来の目的、範囲を著しく逸脱するものであり、しかも控訴人杉本において意識的に分会員から徴収した組合費を被控訴人組合に取得せしめないことを意図して、すなわち故意を以て右行為に及んだのであるから、これらの事情を考えれば、右は前述のとおり単に委任ないし準委任契約上の債務不履行であるにとどまらず、被控訴人組合に対する不法行為をも構成すると解するのが相当である。もつとも控訴人杉本が徴収した組合費を一旦自己名義の預金とし、その後払戻を受けたうえこれを各分会員に返還したのであることは、前記認定のとおりである。そうして預金先との関係では、預金債権の権利者は控訴人杉本であると解するほかなかろうから、払い戻された金銭は一応同控訴人に帰属するといわざるを得ないであろう。しかし同控訴人としては被控訴人組合との間の前記委任ないし準委任関係上、払い戻された金銭を直ちに被控訴人組合に納入すべき義務を負つているのであり、被控訴人組合の側からいえば、控訴人杉本から組合費として右金銭の納入を受けるべき債権、すなわち法律上保護に値する利益を有しているのである。そうして同控訴人において前記のような態様をもつて被控訴人組合の右利益を侵害し、損害を蒙らせた以上、債務不履行のほかに不法行為が成立すると解するに妨げないというべきである。
六、次に被控訴人庄路、同石倉の不法行為責任について考えるのに、控訴人庄路が天王寺保線区分会の分会執行副委員長、控訴人石倉が同じく分会書記長兼会計部長の地位にあつたことは前記のとおりであり、右両名が分会執行委員長である控訴人杉本とともに天王寺保線区分会役員の幹部として、意思をあい通じたうえ昭和三四年一二月一一日の第二回分会委員会に組合費の納入を保留すべき旨を提案主張した結果その旨の決議がなされ、さらにその後翌三五年四月一九日の第一五回分会執行委員会に徴収した組合費を各分会員に返戻すべき旨を提案主張した結果、全員一致をもつてその旨の決議がなされ、控訴人杉本において右返還をなしたことは、前記のとおりである。そうして控訴人杉本の右行為が被控訴人組合に対する不法行為を構成するものと解すべきことは、前判示のとおりであるが、控訴人庄路、同石倉等としても控訴人杉本と共謀のうえ、控訴人杉本をして被控訴人組合との間の委任ないし準委任関係上の信頼を裏切り、その債務の履行を不能ならしめるような行為をなさしめ、よつて被控訴人組合に損害を蒙らしめたものというべきである。従つて控訴人庄路、同石倉は、控訴人杉本とともに被控訴人組合に対し共同不法行為による責任を免れず、被控訴人組合に対し同組合が控訴人等の右不法行為によつて蒙つた損害、すなわち控訴人杉本が分会員等に返還した組合費相当金額である金四十九万二千二百三十円及びこれに対する右不法行為後である昭和三五年七月一一日以降支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による金員を連帯して支払うべき義務がある。
七、次に控訴人等は、天王寺保線区分会は、昭和三五年五月一九日開催された分会大会において、分会は昭和三四年一一月一日付を以て被控訴人組合から脱退する旨満場一致で決議し、即日その旨の意思表示をしたから、分会員の脱退の効果は昭和三四年一一月一日に遡る旨主張するので、この点について考える。前判示にかかる被控訴人組合における分会の性格、本質から考えれば、被控訴人組合の下部組織である分会それ自体が控訴人組合から脱退するということは理論上あり得ないことであり、右は結局各分会員が被控訴人組合から脱退するとの趣旨に解すべきであろう。しかしながら右のように組合員が労働組合から脱退する場合に、組合員の一方的意思表示によつて脱退の効果を遡及せしめることが許されないことは当然のことであるから、控訴人等の前記主張はそれ自体理由がない。また、控訴人等主張のように昭和三五年四月二〇日分会員が被控訴人組合とは別個の新国鉄天王寺地方労働組合を結成し、これと同時に被控訴人組合からの脱退の効果が生じたと仮定しても、これにより右日時以前の被控訴人組合に対する組合費の納入義務が消滅するいわれはないから、控訴人の右主張もまたそれ自体理由がない。
八、また控訴人等は徴収した組合費を各分会費に返還したのは、分会大会の決議に基づくものであるから不法行為とは言えない旨主張するので、この点について判断する。控訴人等において分会員から徴収した昭和三四年一一月分以降の組合費の納入を保留した点につき、昭和三四年一二月一一日天王寺保線区分会の第二回分会委員会がその旨の決議をなしており、また控訴人等において前記のとおり徴収した組合費を分会員に返還した点につき、翌三五年四月一九日第一五回分会執行委員会が、同じく同年五月一九日分会大会がその旨決議していることは前記認定のとおりである。しかしながら被控訴人組合の労働組合としての本質、及び同組合における下部組織としての分会の性格、本質から言つて、分会は上級機関の統制に服すべきものであり、分会固有の問題について認められる自治も被控訴人組合全体の意思に反しない限度で認められるに過ぎないこと、そうして各組合員からの組合費の確実な徴収が組合の存立の経済的基礎をなすものであり、従つて組合全体にとつての重大関心事であつて、それ故被控訴人組合規約にも組合費の納入が組合員の義務である旨の規定が存することもまた前判示のとおりである。従つてこのように組合員として社会通念上一般的に認められる義務に違背し、被控訴人組合規約にも違反する前記分会委員会、分会執行委員会及び分会大会の各決議は無効のものというほかないから、分会役員としてはこれに拘束されることなく、前記委任ないし準委任関係上認められる義務に従つてその義務を履行すべきものである。よつて右各決議の存在を理由として、徴収した組合費を被控訴人組合に納入しないことないしこれを各分会員に返還したことが不法行為に当らないとする控訴人等の主張はその理由がない。
九、最後に控訴人等は、組合費の徴収は本来裁判によつてこれを強制できない性質のものであるから、控訴人等がこれを怠つたことを理由とする損害賠償の請求は許されない旨主張する。しかし各分会員の被控訴人組合に対する組合費納入義務と、分会執行委員長が被控訴人組合との間の委任ないし準委任契約上同組合に対して負つているところの、各分会員から徴収した組合費の納入義務とは別個のものであるのみならず組合費の納入義務について裁判上の請求が許されないとする控訴人の見解は採用できないから、いずれにしても控訴人の主張はその理由がない。
一〇、以上の次第で共同不法行為を理由とする被控訴人組合の控訴人等に対する主たる請求はその理由があるから、これを正当として認容した原判決は結局相当であり、本件控訴はその理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条第一項但書を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高井常太郎 満田文彦 藤田耕三)